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「独島は韓国領」裏付ける日本資料 初公開

2013.05.08 15:45

【ソウル聯合ニュース】17世紀半ばから独島を領土の一部と認識してきたという日本の主張を覆す資料が公開された。

 東国大学対外交流研究院は8日、日本海軍水路部が1879年に隠岐諸島を測量した際に、独島を日本領土ではなく韓国領土と認識していたことを示す19世紀の日本の公式資料を初公開した。

 1879年に日本海軍水路部の肝付兼行が製作した「隠岐回航略記」には、隠岐諸島の位置が北緯35度57分~36度18分、東経132度~133度23分と記録されている。隠岐諸島には独島を含まないことを示している。

 隠岐諸島は島根半島の北方約50キロにある島で、独島からは約157キロ離れている。

 同院の韓哲昊(ハン・チョルホ)院長(歴史教育科教授)は「隠岐諸島を含む北西岸測量の責任者である肝付が独島を隠岐諸島に属する179の島の一つと認識した場合、その最北にあった独島を必ず含め北緯と東経の位置も広げて記録していたはずだ」と説明した。

 また韓院長は、肝付が独島を朝鮮領土と認識していたため独島を測量対象に含まず、「隠岐回航略記」にも独島に関する記述が全くないと指摘した。

 同院が公開した別の資料「筑波艦第三回日本環海航跡之図」にも独島は描かれていない。この地図は1879年と1883年に日本海軍艦艇の筑波艦が日本周辺を航海しながら全体の航路を記したもの。

 韓院長は「この地図から鬱陵島とその付属の島である独島が抜け落ちているということは水路部を含む日本海軍が独島を日本領土ではなく朝鮮領土と把握・認識していたことを証明している」と話した。

 さらに、1884年に隠岐諸島を測量した加藤重成も航海図に北緯35度55分~北緯36度27分、東経132度44分~東経133度31分と記し、測量・報告していた。肝付と同様、隠岐諸島に独島を含まないことになると韓院長は説明する。

 当時、日本海軍水路部は1882年に樹立した「日本全国海岸測量12カ年計画」のもと、日本国土の隅々まで記した海図を作成するため積極的に測量を推進していた。

 韓院長によると、実際に測量を主導したのは肝付と加藤だったという。韓院長は、そのため当時最高の測量技術を持つ2人が測量対象から独島を排除したことは、「2人が独島を朝鮮領土と認識していたことを示す」と強調した。

 だが、韓院長は水路部長だった肝付が、農商務省水産局長の牧朴真や外務省政務局長の山座円次郎と共に独島の日本領土編入論理を展開したと説明する。そして「これは良心を捨て事実を歪曲(わいきょく)した無理な主張だ」と話した。

 韓院長は10日に東国大学で開かれる学術シンポジウムでこの内容を発表する予定だ。

sjp@yna.co.kr

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